| 私鉄時代の三池鉄道 運輸成績(旅客) |
2004年6月6日公開 |
| Statistics annual report of Miike Private Railway |
昭和39年8月の地方鉄道化によって、それまで「従業員およびその家族」に限られていた通勤輸送が、晴れて一般旅客輸送になりました。もっとも当時の全国時刻表をみても「三井三池港務所鉄道」の記載はなく、知られざる鉄道のまま、あまりに短い私鉄時代を終えました。 旅客輸送は勝立線(宮浦〜東谷 3.3キロ)、万田線(三池港〜万田 4.1キロ)、平井線(三池港〜平井 7.0キロ)の3路線が引継がれました。地方鉄道化に伴い、客車(コハ・ホハ形)には貫通扉が新設されました(昭和39年8月竣工)。 下表に旅客の輸送実績と内訳をまとめました(昭和39年度と48年度は月数を満たしていませんので参考数値です)。 ピークで600万人を超える盛況ぶりですが、私鉄時代(争議)以前のデータがあれば見比べてみたいですね。案の定、定期利用者が大部分を占め(98パーセント前後)、さらに、うち通勤定期利用者が70パーセント以上と、ほとんどの従業員にとってはなんら変わらぬ「無賃電車」だったと思われます。 |

| 単位(千人) | 昭和39年度 | 昭和40年度 | 昭和41年度 | 昭和42年度 | 昭和43年度 | 昭和44年度 | 昭和45年度 | 昭和46年度 | 昭和47年度 | 昭和48年度 |
| 旅客(定期) | 3667 | 5828 | 5966 | 6031 | 5479 | 3971 | 3970 | 3996 | 3954 | 1343 |
| 旅客(定期外) | 106 | 141 | 134 | 135 | 139 | 128 | 128 | 118 | 124 | 33 |
| 合計 | 3773 | 5969 | 6100 | 6166 | 5618 | 4099 | 4098 | 4114 | 4078 | 1376 |
昭和44年度以降、1/3近い輸送人員の減少が見られますが、これは昭和44年1月の勝立線廃止による影響です。数字上、定期外客の減少は僅かで、通勤輸送の比率がより高かったことが知れます。その通勤輸送も前年末に宮浦坑が三川坑に吸収されたことにより不要となり、早々に廃線となりました。これに伴い、同年の9月にはコハ102、105号とホハ205号が廃車になり、コハ3両、ホハ4両の陣容となりました。 |
| 種別 | 平井・万田〜三池港 | 宮浦〜東谷 | ||
| 運賃均一 | 運賃均一 | |||
| 小人 | 大人 | 小人 | 大人 | |
| 普通乗車券(片道) | 15円 | 25円 | 10円 | 15円 |
| 回数乗車券(11枚綴り) | 125円 | 250円 | 75円 | 150円 |
| 普通定期券(1ヶ月) | 525円 | 1,050円 | 315円 | 630円 |
| 通勤定期券(1ヶ月) | − | 830円 | − | 500円 |
| 通学定期券(1ヶ月) | 265円 | 530円 | 160円 | 320円 |
| 冊子『三池炭鉱専用鉄道沿革』より | ||||
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| 私鉄時代の切符デザイン。コピーに着色してみました。勝立線については未発見。硬券ではなく、5枚綴りの軟券で、地紋はなし(元券は冊子『三池炭鉱専用鉄道沿革』より)。 |