往年については別ページに譲るとして、最近では期間限定ながら構内の一般公開も行われましたが(*1)、わたしが訪ねた頃はまだ現役坑でしたから、外から控えめに撮っただけです。とりあへず晩年の万田坑としてアップしましょう。
本来、万田坑には第一坑(揚炭)と第二坑(人員)があり、鉄道とのかかわりは第一坑がメインでしたが、出炭は昭和26年で終了し、
まもなく第一坑ヤグラは解体されました。また、汽缶場や選炭場といった周辺施設も撤去されたため、万田立坑として現存するのは第二坑ヤグラと巻揚室の一角ということになります。
万田坑は数少ない熊本県下の炭鉱ですが、実際はほぼ県境に位置します。地図上では大牟田側からは三池鉄道に阻まれて万田坑前に抜ける道が見当たりませんが、鉄道線の下に地下通路の入口が開いていました(*2)。何の案内もないので最初は恐る恐る入りましたが、三池本線と万田坑構内を一気にくぐると(途中、いくつか天窓が設けられていた)、門跡の前に出ました。これが旧正門でした。さらに目指す第二坑との間にはぽっかりと空地が広がっていましたが、あとで脱衣場跡と知りました。
当時、第二坑は坑内排水などの保安坑として余生を送っていましたが、中からは物音ひとつせず、忘られたような静かな光景でした。失礼ながら廃館という言葉を思い出しました。いつも正門は閉じられていましたが、柵越しに覗くと坑外軌道が横切り、錆びついた鉱車が放置されているのが見えました。
(*1)平成15年3月の万田鉱活用市民祭りなど。
(*2)現在は通行不可。万田炭鉱館パンフレットによれば、通称桜町トンネル、昭和8年の設置。
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