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石炭列車のあちこち

ホサ列車追跡その5

2002年11月24日公開

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(つづき)

 ホサ列車(金田向け石炭列車)は平成4年10月(12月説もあり?)をもって廃止されました。廃止理由については輸送ルート(石炭輸入港)の変更によるものとどこかで読んだ記憶があるのですが、はっきりとは思い出せません。最終年度(4〜10月)の輸送量は4万5千トンとあり、最後まで変わらぬ輸送が続いていたことが推測されます。

 ともかく、ホサ列車廃止によって三池本線の定期の貨物列車が無くなりましたが、45トン電車の旭町線での港仕業(仮屋川操車場よりタンク車引き出し)が残っていたため、三池港駅から単機回送で往復していました。午前に出発し、昼過ぎに三池港駅に帰るという運用で、わずか1.8キロの仕業のためには不経済な運転に思えましたが、今にして思うと、週一回の20トン電車+電源車回送のために線路保守を兼ねていたと思われます。
 ただ、45トン電車が宮浦駅にそのまま駐泊する日もあり、次第に運転頻度は少なくしていたようで、のちに万田〜四ツ山間の単線化など、設備の縮小が図られるようになりました。

92年07月旭町20号

(92年07月旭町)港仕業最後の一仕事。仮屋川操車場よりタンク車を引き出す20号。タンク車は宮浦駅で解放され、45トン電車は単機回送となって一日の仕業が終わります(旭町駅より許可を得て撮影)。

91年03月早米来踏切17号

(91年03月四ツ山〜三池港)早米来踏切を通過して三池港駅に向かう17号+セキ8000。慌てて撮った一枚なので、定期スジだったのかはっきりしませんが、宮浦駅に残したセキを拾ってきたと思われます。

93年03月万田17号

(93年03月宮浦〜万田)万田駅ホーム前を通過する17号単機回送。ホサ列車はなくなりましたが、旭町線での45トン電車の港仕業が残っていたため、三池港〜宮浦間に1往復の単機回送が行われました。

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関連ページ
<万田第二坑を通過する石炭列車>
<形式ホサ8100>